いま何が起きているか
2026年8月時点で最大の資金繰りリスクは、クレジットカード決済代行会社「全東信」の破産です。負債総額は約1100億〜1259億円、約2万店の飲食店・美容サロン等で入金が滞り、被害総額は50億円超に及ぶ可能性があります。同社はもとは1987年に大阪の飲食店組合として発足し、40年近く「飲食店の味方」として業界の隣にいた存在でした。東京商工リサーチの調査報道では、少なくとも20年前から決算書が粉飾され、実態は約605億円の債務超過だったことも判明しています。スマホ決済の台頭とコロナ禍で本業の稼ぎが削られ、資金調達という「ペダル」が止まった瞬間に破綻し、店が預けていた売上は返済順位の低い破産債権となりました。
政府は全国378カ所に特別相談窓口を設置し、セーフティネット貸付の要件緩和とセーフティネット保証1号の適用を進めています。京都信用金庫は1億円までの専用融資枠、東京スター銀行は貸出金80億円のうち40億円を貸倒引当金として計上するなど、金融機関側にも影響が波及しました。食団連は便乗詐欺への注意喚起と弁護士相談窓口を設けています。
一方、すかいらーくHDは200億円規模の社債発行を含め2026年度総額500億円規模の投資を計画し、大手・チェーン動向の資本力が見えます。新しい資金調達の選択肢も動いています。2026年9月1日、東和銀行は老舗焼肉店「肉の田じま」を運営する実栄商会に対し、不動産担保や経営者保証に頼らず事業の将来性を評価する「企業価値担保権」を活用した融資を初めて実行しました。今年5月施行の事業性融資推進法に基づく制度で、地銀での適用第1号であり、他行への広がりはまだこれからです。
また、東証スタンダード上場の外食企業エーピーは2026年9月11日、大株主を引受先とする2億円規模の第三者割当増資を実施しました。同社は26年度に営業利益が急回復したと伝えられていますが、独自の「レアマス戦略」の先行きは依然不安定と指摘されており、業績回復局面でも外部資金の調達が必要になる現実を示す事例です。上場企業の資金調達は規模が大きく縁遠く感じられがちですが、成長戦略の実行には自己資金だけでなく外部調達を組み合わせる発想が、規模を問わず飲食業に共通することが分かります。
人件費面では、2026年9月4日に2026年度の最低賃金全国加重平均が1177円(56円引き上げ)となったことを受け、中小企業庁が賃上げ企業向け支援策を公表しました。小規模事業者持続化補助金は、従業員1人あたり給与総額を前年比+3%以上とした場合、補助上限を50万円から200万円に引き上げます。赤字事業者向けには補助率を4分の3にする特例も設けられ、デジタル化・AI導入補助金でも給与総額の年平均成長率+3%以上かつ事業場内最低賃金+30円以上の事業者を優遇する仕組みです。自治体・金融機関・商工会議所によるプッシュ型支援も26年度末までに計100万件行う方針です。人件費比率が高い飲食業にとって、人手・賃金の負担を補助金で緩和する実質的な制度として注目されます。この設計は「補助金をもらってから賃上げする」のではなく「賃上げした事業者に補助金で報いる」という順序の逆転であり、経営者が先に人件費を動かす覚悟を求められる制度に変わりつつあります。
補助金制度は再編続きです。旧ものづくり補助金と新事業進出補助金は統合され「新事業進出・ものづくり商業サービス補助金」に移行、第1回申請は8/31〜9/30。旧IT導入補助金は「デジタル化・AI導入補助金2026」に改称され、生成AI活用が加点されやすくなりました。2026年9月時点では、ChatGPTやClaudeなど生成AIツールの月額利用料そのものが補助対象経費として認められ得ることも話題になっていますが、対象経費として認定されるには募集要項が定める具体的な条件を満たす必要があり、「使えば無条件で補助される」わけではない点に注意が必要です。人手不足対策の「省力化投資補助金(一般型)」は第8回でシステム構築申請が必須化され、応募は9/14〜10/16予定です。成長加速化補助金(上限最大5億円)は3次公募が9/29開始です。
事業承継関連は「事業承継・M&A補助金」に4枠再編、2026年9月4日には第十六次公募要領が中小企業庁「ミラサポplus」で公表され、出店・閉店・M&A資金の選択肢を広げています。令和9年度予算案でレジ導入・事業承継支援に4435億円計上と報じられています。
消費税を巡っては、2027年4月から2年間、飲食料品の税率を1%に引き下げる方針が示されつつも法案は未成立で、店内飲食は従来同様対象外となる可能性が高いとみられます。外食4団体は「持ち帰り1%・店内10%」の税率差是正を緊急提言しました。2026年9月9日時点で報じられた消費減税に関する大綱案では、中所得者向けの支援金給付や公金受取口座の登録促進とあわせて、外食事業者向けの資金繰り支援策も盛り込まれる見通しです(与党内で4000億円程度との見方)。具体的な支援額・実施時期は詳細未確定で、9月中旬の税制改正大綱で骨格が示される見通しです。外食の軽減税率格差や外食・食品税率差拡大問題と直結します。
また、令和8年熊本地震(7/28発生)を受け、中小企業庁は2026年9月9日、被災した小規模事業者向けの「小規模事業者持続化補助金<一般型 災害支援枠(令和8年熊本地震)>(1次)」の公募要領を公開しました。飲食店を含む小規模事業者も対象となり得る制度で、通常枠より要件や補助率が優遇されるケースが多いのが特徴です。具体的な申請期間・補助上限額・対象経費は公募要領で確認する必要があります。居酒屋甲子園は被災飲食店支援として食器寄付を呼びかけ1万枚超が集まりました。シンクロ・フードの防災調査(8/20〜23)では約7割が備えありと回答した一方、代替仕入先確保は約3割、休業時の事業継続見通し1カ月未満・未策定が約6割という実態も浮かび上がっています。調査対象の7割近くが1店舗運営であることを踏まえると、多くの個人店・小規模店に共通する課題です。
さらに、資金繰り以外の経営相談窓口にも変化があります。2026年8月26日、中小企業診断士2名がSaaS新会社「Mirai Navi」を設立し、業種特化SaaSの開発・補助金申請支援・販促・経営伴走支援を1社で提供する事業を始めました。開発・補助金・販促・経営の相談先が分散し、その都度説明や費用がかかるという中小企業の構造的な負担を「窓口一本化」で解消しようとする動きの一例です。
構造・原理
決済代行への依存の危うさ。カード売上は通常2週間〜1カ月かけて入金されますが、店は先に食材費や家賃を払う必要があります。決済代行会社はその差を先払いする仕組みで手数料を得てきました。裏を返せば、店は毎晩のレジ締めで担保も利息もなく売上を預けている状態です。全東信のケースは、資金調達力を失った瞬間に「先払い商売」が自転車のように倒れる構造を示しました。
資本規模による調達手段の格差と新しい選択肢。すかいらーくのように社債・大口借入で数百億円を確保できるのは信用力のある大手に限られます。一方、上場企業であっても業績が回復局面にあるエーピーが第三者割当増資に頼った事例は、事業戦略の実行力そのものは資金力だけでは担保されないことを示しています。中小・個人店は公庫融資・補助金・地域金融機関の融資枠・初期費用0円のサブスク型サービスなど複数の資金源を組み合わせる発想が有効です。加えて、東和銀行の事例が示すように「企業価値担保権」など不動産担保・経営者保証に依存しない融資制度も広がりつつあり、老舗や地域密着型の店にとって選択肢が一つ増えています。
賃上げと補助金がセットになる時代。最低賃金1177円への引き上げに伴い、持続化補助金やデジタル化・AI導入補助金は「賃上げを実施した事業者ほど恩恵が大きい」設計に変わりつつあります。人件費上昇を単なるコストと捉えるのではなく、給与総額+3%などの要件を満たすことで補助上限が跳ね上がる「投資の呼び水」として捉える視点が有効です。
制度側の再編リスクと情報の非対称性。補助金は名称・枠組みが数年単位で変わり、申請準備の負担そのものがハードルになります。事業承継・M&A補助金のように公募が第十六次まで継続している制度もあり、単発の話題ではなく継続的な政策として制度が積み重なっている局面だと捉えるべきです。生成AIツール利用料の補助対象化のように、対象経費の解釈が細部で更新され続ける点も同様で、「申請の手間に見合う価値があるか」という懐疑的な視点も欠かせません。
専門家・相談窓口の分散という別のコスト。補助金申請、システム導入、集客施策、経営改善はそれぞれ別の専門家に頼ることが多く、そのたびに自社の事情を説明し直すコストが発生します。Mirai Naviのような「窓口一本化」型のサービスは、この重複コストを解消しようとする動きの一例であり、資金そのものの調達だけでなく、調達にかかる手間も資金繰りの一部として捉える視点を示しています。
税制変更は実務コストと客離れリスクを同時に生む。店内飲食が対象外のままだと「外食は高い」という印象が強まり、同時に税率区分の異なるレジ・会計改修という実務負担も発生します。消費減税大綱案のように支援金給付や資金繰り支援が同時に検討される場合、公金受取口座の登録など事務手続きの準備が支援を受け取るための前提条件になり得る点にも注意が必要です。
「資金の備え」と「業務継続の備え」は別物。防災調査が示す通り、備蓄・避難計画は進んでいても代替仕入先や休業時の資金繰りは手つかずの店舗が多く、決済代行破綻や自然災害のように過失なく資金が止まる局面に共通する弱点です。熊本地震のような災害支援枠は、被災後に初めて存在を知るのではなく、平時から制度の枠組みを把握しておくことで初動が早まります。
延命か投資か、そして相互扶助。日銀のワーキングペーパーはコロナ支援が経営基盤の弱い企業に集中し、倒産回避効果は大きい一方で低生産性企業の延命を招いた可能性を指摘しています。デジタル化・AI導入補助金や省力化投資補助金、成長加速化補助金、事業承継・M&A補助金は投資型・継続型の選択肢に位置づけられます。居酒屋甲子園の食器寄付のような業界内の相互扶助も第三の選択肢です。
経営の打ち手
決済・取引先リスクの分散
- 決済代行会社を1社に依存せず複数の決済手段を併用し、入金サイクルと資本背景を契約時に確認する