いま何が起きているか
2026年9月4日時点で、飲食店の人手・賃金を巡る状況は複数の圧力が重なっています。
帝国データバンクによると2026年1〜6月の外食業倒産件数は473件で、前年同期を上回り過去最多を更新しました。慢性的な人手不足と人件費高騰が背景にあり、価格転嫁力の弱い個人・中小零細ほど影響を受けやすい構造です。加えて2026年4月から特定技能1号の新規受け入れが在留者数上限(約5万人)到達で制限され、外国人労働者の確保も難化しています。
2026年度の最低賃金は9月3日、沖縄県(1086円)の決定を最後に47都道府県すべてで確定しました。全国加重平均は1177円で、現行の1121円から56円の引き上げ。国が示した目安55円を上回る決着となりましたが、過去最大の伸びとなった前年度の66円からは幅が縮み、全都道府県で引き上げ額が前年度を下回りました。最高は東京都の1280円、最低は宮崎県の1085円で地域差も依然大きい状況です。
上げ幅縮小の背景には、政治圧力の後退があります。前年度は担当大臣が知事に大幅賃上げを求める異例の動きがあり、秋田県では知事が「全国最下位脱出」を掲げ前年度比80円増を決めた結果、経営者側の反発で発効が半年遅れました。今年度は知事側も抑制的な姿勢に転じ、秋田の引き上げ幅は前年度比21円減の59円で全会一致となるなど、地域間の「上乗せ競争」が一服した様子がうかがえます。一方で適用時期は43都道府県で前倒しされ、最も遅い沖縄でも12月2日と、前年度の秋田など6県の越年適用からは改善しました。中央審議会が地方審議会に対し、適用を遅らせる場合は理由を明示するよう求めたことが背景にあります。
シェアフルの調査では外食業の約9割が人材不足を実感し、4割超が特定技能停止を受けてスキマバイト活用を検討しています。帝国データバンクの雇用過不足調査(2026年7月時点)では、正社員不足を感じる企業が51.3%と7月として4年連続で5割超。非正社員不足は全体で28.8%まで改善した一方、業種別では「飲食店」が非正社員不足のトップという結果でした。
ヒューマンリソシアが2026年9月に発表した主要15産業の人材動向レポートによると、情報通信業は新卒就職者比率が最も高い一方、宿泊・飲食業は転職による入職者比率が高いという対照的な結果が出ています。産業ごとに人材の流入経路そのものが異なり、飲食業は新卒一括採用ではなく転職者に支えられている構造が浮き彫りになりました。
アルバイト・パートの時給も上昇を続けています。マイナビの調査(2026年7月度)によると全国平均時給は1,297円(前年同月比14円増)、三大都市圏は1,333円で、飲食・フードは調査開始以来の過去最高額を記録しました。
実質賃金の悪化も裏付けられています。厚労省の毎月勤労統計調査(2026年3月分確報)によると実質賃金指数は87.1(2020年平均=100)にとどまり、飲食業は7.2%の減給という結果で、業種間の賃金格差拡大が浮き彫りになりました。丸亀製麺のトリドールは増収でも純利益31%減、居酒屋「天狗」のテンアライドも赤字継続と、大手チェーンでも人件費増を吸収できていません。
税理士の指摘として、人手不足倒産の本当の要因は「人手が足りないこと」自体ではなく、賃上げ後に生じる悪循環にあるとの見方も出ています。人件費上昇分を価格転嫁や生産性向上で吸収できなければ利益率が悪化し、資金繰りが厳しくなって倒産に至るケースがあるという指摘です。
UAゼンセンの永島智子会長は2026年9月3日の記者会見で、来春予定される期間限定の消費税減税を賃上げ抑制の理由にすべきではないと発言しました。人手不足が顕著な外食業への影響を懸念し、経営者の理解と政府の賃上げ支援策の拡充を求めています。
人材定着の取り組みも表面化しています。あきんどスシローは調理器具の安全性向上や服装規定の緩和、全店一斉休業などで国内グループ正社員の離職率を約10%に抑えているといいます(2025年9月末時点で国内659店運営)。肉汁餃子のダンダダンはシフト管理アプリを直営全97店舗へ本導入し、1回あたりのシフト作成時間を4時間から2時間へ半減させました。
株式会社博士.comは動画配信プラットフォーム「メディア博士」で、AIによる動画編集機能と本部・店舗間の情報共有、eラーニング(LMS)機能を組み合わせた飲食業向けソリューションの提供を強化しました(2026年9月3日発表)。紙マニュアルからの脱却と店舗教育の属人化解消、多言語対応による外国人スタッフ教育の効率化を狙う動きです。
出入国在留管理庁によると国内の外国人労働者数は2025年10月末時点で257万1037人と過去最多を更新し、ベトナムが23.6%で最多でした。札幌発「成吉思汗だるま」は求人広告に頼らず社員紹介で外国人スタッフを集め、エリアマネジャーというキャリアパスを用意することで定着率を高めています。一方、地方の飲食店では時給1500円を提示してもミャンマー人材の離職が続く事例も報じられており、賃金だけでは定着が保証されない実態も見えています。
構造・原理
外食業の倒産件数が過去最多を更新した背景には、人手不足と人件費高騰が個別店舗の努力だけでは吸収しきれない構造的な課題になっている実態があります。税理士が指摘する「賃上げ後の悪循環」は、この構造を端的に表しています。賃上げ自体は人手不足への正しい対応でも、原資を価格転嫁や生産性向上で確保できなければ、利益率悪化と資金繰り圧迫という副作用の方が先に効いてしまうという因果関係です。
ヒューマンリソシアの産業比較は、宿泊・飲食業が「新卒中心」ではなく「転職者中心」の人材構造を持つことを示しています。情報通信業のような新卒一括採用と東京集中に適した産業とは根本的に人材の勝ち筋が異なり、新卒がなかなか採れないことは業界特性であって経営の失敗ではありません。転職市場・異業種経験者・シニア層・副業人材といった飲食業に合った流入経路に採用予算と工数を再配分する方が、構造に沿った合理的な選択といえます。
最低賃金は都道府県をA・B・Cにランク分けし、ランクごとの引き上げ額目安を決める仕組みです。2026年度は全都道府県で引き上げ額が前年度を下回り、地域間の「上乗せ競争」は一服しました。前年度の秋田のように知事の発言が引き上げ幅を押し上げ、発効遅れという副作用を招いた反省もあり、今年度は政治圧力より審議会の落ち着いた議論が優先された構図です。一方、適用時期は43都道府県で前倒しとなり、労働者保護の観点は強化される方向にあります。上げ幅の一服は人件費計画を立て直す機会にもなりますが、依然として目安を上回る決着であり、実質賃金の悪化が示すように人件費の重さ自体が消えたわけではありません。学食のような「値上げしにくい価格帯」の業態ほど負担が集中しやすい構造は変わっていません。
UAゼンセン会長の発言が示すのは、賃上げの原資問題が労使間だけでなく政策変更(消費税減税)とも絡み合う構造です。減税の影響が業種によって大きく異なる以上、外食が「賃上げを抑制する理由」に減税を使えば労働組合側からの反発と支援策要求の圧力が強まる構造が見えてきます。
離職率という観点では、スシローの事例が示すように「賃金だけでなく職場環境の安全性・働きやすさ」が定着率を左右する構造が見えてきます。ダンダダンのシフト管理アプリ導入や動画マニュアルツールのような教育DXは、店長・エリアマネジャーの管理業務時間を圧縮し、その余力を教育や従業員エンゲージメント把握に再配分する構造をつくった点が特徴です。逆に地方でミャンマー人材の離職が止まらない事例は、賃金水準だけでなく生活インフラや将来性の乏しさが定着を左右する構造を映しています。
外国人労働者数が過去最多を更新し続ける一方、特定技能の分野別上限到達で新規受け入れが制度上一時停止される局面では、「新規採用」から「既存人材の定着・2号への移行」への比重移動が構造的に進みます。単発のスキマバイト市場は急拡大していますが、事業者側には「結局は長期で働ける人が欲しい」という声が強く、急場をつなぐ手段としては機能しても定着の壁を単独では越えられないことを示す動きです。
経営の打ち手
人件費上昇と非正社員不足への対応は、単一の対策では吸収しきれません。倒産件数が過去最多を更新している現状を踏まえると、資金繰りと人件費計画を切り離さずに管理する視点が一段と重要になっています。
- 新卒採用に固執せず、転職市場・異業種経験者・シニア層・副業人材といった飲食業の構造に合った流入経路へ採用予算と工数を再配分する