いま何が起きているか
2026年9月12日時点で、飲食店の人手・賃金を巡る状況は複数の圧力が重なっています。
帝国データバンクによると2026年1〜6月の外食業倒産件数は473件で、前年同期を上回り過去最多を更新しました。慢性的な人手不足と人件費高騰が背景にあり、価格転嫁力の弱い個人・中小零細ほど影響を受けやすい構造です。加えて2026年4月から特定技能1号の新規受け入れが在留者数上限(約5万人)到達で制限され、外国人労働者の確保も難化しています。
2026年度の最低賃金は9月3日、沖縄県(1086円)の決定を最後に47都道府県すべてで確定しました。全国加重平均は1177円で、現行の1121円から56円の引き上げ。国が示した目安55円を上回る決着となりましたが、過去最大の伸びとなった前年度の66円からは幅が縮み、全都道府県で引き上げ額が前年度を下回りました。最高は東京都の1280円、最低は宮崎県の1085円で地域差も依然大きい状況です。適用時期は43都道府県で前倒しされ、最も遅い沖縄でも12月2日と改善しました。
シェアフルの調査では外食業の約9割が人材不足を実感し、4割超が特定技能停止を受けてスキマバイト活用を検討しています。帝国データバンクの雇用過不足調査(2026年7月時点)では、正社員不足を感じる企業が51.3%と7月として4年連続で5割超。非正社員不足では「飲食店」が業種別トップという結果でした。
ヒューマンリソシアが2026年9月に発表した主要15産業の人材動向レポートによると、情報通信業は新卒就職者比率が最も高い一方、宿泊・飲食業は転職による入職者比率が高いという対照的な結果が出ています。この構造を裏づける材料として、リクルートのジョブズリサーチセンター調査では2026年6月1日時点の2027年卒業予定大学生の内定率が77.2%(5月1日時点から10.2ポイント上昇)に達し、進路確定率は57.3%にとどまるという新卒市場の売り手優位が示されました。飲食業は新卒一括採用市場でこの争奪戦に単純に加わるより、構造に沿った転職者・シニア層の採用に軸を置く方が合理的という見方を裏づける材料といえます。
その転職者中心の人材構造をさらに掘り下げる分析として、リクルートのジョブズリサーチセンターは2026年9月11日、入社後6カ月以内の早期離職の実態を発表しました。人材紹介データの分析から、①早期離職率は若年層よりも50代を中心としたミドル・シニア層で高い、②定着を左右する要因は年収の増減よりも年間休日数などの働き方、③選考期間が短く面接回数が少ないほど早期離職率が高い、という3点が示されています。中途採用への依存度が高い飲食業にとって、採用してからの早期離職は採用コストと教育コストの二重の損失につながるため、無視できない知見です。
アルバイト・パートの時給も上昇を続けています。マイナビの調査(2026年7月度)によると全国平均時給は1,297円(前年同月比14円増)、三大都市圏は1,333円で、飲食・フードは調査開始以来の過去最高額を記録しました。
実質賃金の悪化も裏付けられています。厚労省の毎月勤労統計調査(2026年3月分確報)によると実質賃金指数は87.1(2020年平均=100)にとどまり、飲食業は7.2%の減給という結果で、業種間の賃金格差拡大が浮き彫りになりました。丸亀製麺のトリドールは増収でも純利益31%減、居酒屋「天狗」のテンアライドも赤字継続と、大手チェーンでも人件費増を吸収できていません。
税理士の指摘として、人手不足倒産の本当の要因は「人手が足りないこと」自体ではなく、賃上げ後に生じる悪循環にあるとの見方も出ています。人件費上昇分を価格転嫁や生産性向上で吸収できなければ利益率が悪化し、資金繰りが厳しくなって倒産に至るケースがあるという指摘です。
UAゼンセンの永島智子会長は2026年9月3日の記者会見で、来春予定される期間限定の消費税減税を賃上げ抑制の理由にすべきではないと発言しました。人手不足が顕著な外食業への影響を懸念し、経営者の理解と政府の賃上げ支援策の拡充を求めています。
人材定着の取り組みも表面化しています。あきんどスシローは調理器具の安全性向上や服装規定の緩和、全店一斉休業などで国内グループ正社員の離職率を約10%に抑えているといいます(2025年9月末時点で国内659店運営)。肉汁餃子のダンダダンはシフト管理アプリを直営全97店舗へ本導入し、1回あたりのシフト作成時間を4時間から2時間へ半減させました。
株式会社博士.comは動画配信プラットフォーム「メディア博士」で、AIによる動画編集機能と本部・店舗間の情報共有、eラーニング(LMS)機能を組み合わせた飲食業向けソリューションの提供を強化しました(2026年9月3日発表)。紙マニュアルからの脱却と店舗教育の属人化解消、多言語対応による外国人スタッフ教育の効率化を狙う動きです。
出入国在留管理庁によると国内の外国人労働者数は2025年10月末時点で257万1037人と過去最多を更新し、ベトナムが23.6%で最多でした。札幌発「成吉思汗だるま」は求人広告に頼らず社員紹介で外国人スタッフを集め、エリアマネジャーというキャリアパスを用意することで定着率を高めています。一方、地方の飲食店では時給1500円を提示してもミャンマー人材の離職が続く事例も報じられており、賃金だけでは定着が保証されない実態も見えています。
人手不足の現場では、賃金や制度以外の「デリケートな人材マネジメント」も課題として顕在化しています。あるカフェ店長の事例として、体臭など異臭を放つスタッフの存在に他のバイトが立て続けに辞めてしまう一方、本人の能力は頼りになるため人権上の配慮から簡単に注意や解雇に踏み切れないという実態が報じられました。人手不足下では能力のあるスタッフを手放せないもどかしさが、賃金以外の場面でも管理職を悩ませていることを示す事例です。
構造・原理
外食業の倒産件数が過去最多を更新した背景には、人手不足と人件費高騰が個別店舗の努力だけでは吸収しきれない構造的な課題になっている実態があります。税理士が指摘する「賃上げ後の悪循環」は、この構造を端的に表しています。賃上げ自体は人手不足への正しい対応でも、原資を価格転嫁や生産性向上で確保できなければ、利益率悪化と資金繰り圧迫という副作用の方が先に効いてしまうという因果関係です。
ヒューマンリソシアの産業比較は、宿泊・飲食業が「新卒中心」ではなく「転職者中心」の人材構造を持つことを示しています。2027年卒の内定率が77.2%まで上昇し新卒争奪戦が業種を問わず激化する中、新卒がなかなか採れないことは業界特性であって経営の失敗ではなく、転職市場・異業種経験者・シニア層・副業人材といった飲食業に合った流入経路に採用予算と工数を再配分する方が、構造に沿った合理的な選択といえます。
そのうえで注目すべきは、転職者を採用してもそこで終わりではないという点です。リクルートの早期離職分析が示す「年収より休日」「選考の丁寧さが定着を左右する」という構造は、飲食業のように中途採用比率が高くシフト制勤務が常態化した業種ほど強く効く可能性があります。せっかく転職者中心の採用チャネルを機能させても、休日設定や選考の粗さが原因で入社半年以内に離脱されれば、採用コストと教育コストが二重に無駄になる構造です。ミドル・シニア層で早期離職率が高いという結果も、飲食業が今後シニア層の採用を強化する上で見落とせない留意点です。
最低賃金は都道府県をA・B・Cにランク分けし、ランクごとの引き上げ額目安を決める仕組みです。2026年度は全都道府県で引き上げ額が前年度を下回り、地域間の「上乗せ競争」は一服しました。上げ幅の一服は人件費計画を立て直す機会にもなりますが、依然として目安を上回る決着であり、実質賃金の悪化が示すように人件費の重さ自体が消えたわけではありません。学食のような「値上げしにくい価格帯」の業態ほど負担が集中しやすい構造は変わっていません。
UAゼンセン会長の発言が示すのは、賃上げの原資問題が労使間だけでなく政策変更(消費税減税)とも絡み合う構造です。減税の影響が業種によって大きく異なる以上、外食が「賃上げを抑制する理由」に減税を使えば労働組合側からの反発と支援策要求の圧力が強まる構造が見えてきます。
離職率という観点では、スシローの事例が示すように「賃金だけでなく職場環境の安全性・働きやすさ」が定着率を左右する構造が見えてきます。これはリクルートの分析が示した「年収より休日」という傾向とも整合的です。ダンダダンのシフト管理アプリ導入や動画マニュアルツールのような教育DXは、店長・エリアマネジャーの管理業務時間を圧縮し、その余力を教育や従業員エンゲージメント把握に再配分する構造をつくった点が特徴です。逆に地方でミャンマー人材の離職が止まらない事例は、賃金水準だけでなく生活インフラや将来性の乏しさが定着を左右する構造を映しています。
人手不足下の職場では、能力のあるスタッフが賃金以外の理由(体臭などのデリケートな身体的特徴)で周囲の離職を招いても、人権上の配慮から簡単に注意・解雇できないという構造的な板挟みも生じます。人手不足が「問題があっても手放せない」という判断を経営側に強いる点で、単なる採用難とは別の管理コストを生む構造といえます。
外国人労働者数が過去最多を更新し続ける一方、特定技能の分野別上限到達で新規受け入れが制度上一時停止される局面では、「新規採用」から「既存人材の定着・2号への移行」への比重移動が構造的に進みます。単発のスキマバイト市場は急拡大していますが、事業者側には「結局は長期で働ける人が欲しい」という声が強く、急場をつなぐ手段としては機能しても定着の壁を単独では越えられないことを示す動きです。
経営の打ち手
人件費上昇と非正社員不足への対応は、単一の対策では吸収しきれません。倒産件数が過去最多を更新している現状を踏まえると、資金繰りと人件費計画を切り離さずに管理する視点が一段と重要になっています。
- 新卒採用に固執せず、転職市場・異業種経験者・シニア層・副業人材といった飲食業の構造に合った流入経路へ採用予算と工数を再配分する。新卒争奪戦が激化する時期は、むしろ他業種が手薄になる転職者層・シニア層への訴求を強める好機と捉える