いま何が起きているか
2026年7月28日時点で、飲食店の人手・賃金を巡る状況は四つの圧力が同時に強まっています。
一つは最低賃金の引き上げです。中央最低賃金審議会小委員会は7月23日の4回目会合でも結論に至らず、労働者側は前年度目安(63円増)を上回る75円の引き上げを要求しています。経営者側は1100円台後半での決着を主張し、原材料費高騰による支払い能力の限界と価格転嫁の難しさを理由に難色を示しています。決着は7月27日の5回目会合に持ち越されました。あわせて、政府が骨太方針で掲げていた時給1500円達成目標の到達時期が事実上先送りされたことも審議の論点となっており、賃上げペースの前提自体が揺らいでいます。現行の最低賃金は全国平均時給1121円で、埼玉県はすでに1141円(63円増)へ改定済みです。
二つ目は大手外食チェーンの初任給引き上げ競争です。物語コーポレーションは2027年4月入社の新卒初任給を従来の25万9000円から30万円へ約2割引き上げると発表し、ゼンショーも31万2000円を掲げるなど、大手間の待遇競争が過熱しています。
三つ目は外国人材受け入れの制度変更です。外食業の特定技能1号は在留者数の上限(約5万人)に想定より早く到達し、2026年4月から新規の在留資格認定証明書交付が一時停止されました。すでに就労中の人材の更新・転職は継続できますが、海外からの新規受け入れルートは実質閉じられています。
四つ目は現場のアルバイト賃上げの実態です。マイナビの調査(2026年7月28日公表、調査対象は採用担当者1461人)によると、直近半年間にアルバイト時給を上げた企業は61.7%で前年比1.6pt増。業種別では飲食・フードのホール・キッチン・調理補助が75.0%と最高水準となり、コンビニ・スーパーの販売接客と並びました。ただし賃上げ理由の74.7%は「最低賃金の改定のため」など外部要因への受動的対応であり、大企業75.2%に対し中小企業は55.6%と実施率に約20ポイントの差がついています。
人件費は上がり続ける一方で価格転嫁が十分に進まない企業も多く、外国人材の新規流入も止まり、さらに大手との採用競争力の差も広がるという、経営者にとって多重の逆風が同時に来ている局面です。
構造・原理
最低賃金は毎年、都道府県をA・B・Cにランク分けし、ランクごとの引き上げ額目安を決める仕組みで運用されています。適用労働者数の9割を占めるA・Bランクの動向が全体を左右し、地方の低額県ほど上げ幅が小さくなりやすい構造が長年続いてきました。今年は食品価格上昇を背景に、この地域差自体を縮める議論も出ています。加えて、地域ごとに引き上げの発効時期がずれるため、価格転嫁のタイミングを合わせにくいという課題もあります。学食のように「値上げしにくい価格帯」を維持する業態ほど、この負担が集中しやすい構造です。
政府が掲げてきた「時給1500円」という目標も、達成時期が事実上先送りされたことで、経営者側が長期の人件費計画を立てる上での前提が変わりつつあります。
大手の初任給引き上げは、業界全体の賃金水準を押し上げ、資本力の乏しい企業との採用競争力の差を広げる構造を持ちます。物語コーポレーションやゼンショーのように業績の堅調さを背景に採用人数の拡大まで見込める企業がある一方、中小・個店が同水準の初任給を用意するのは現実的に難しく、採用市場での見劣りが今後さらに顕著になる可能性があります。マイナビ調査が示す中小企業のアルバイト賃上げ実施率の低さも、この体力差が正社員だけでなく非正規雇用の待遇にも波及している証拠と言えます。
特定技能「外食業」の受け入れ停止は、分野別に設けられた上限に到達したことによる制度上の一時停止であり、店舗側の努力とは無関係に発生します。停止期間は他分野より長期化する見通しで、大手チェーンでも採用計画の見直しが相次いでいます。
価格転嫁の進み方にも業種差があります。調査では「80%以上100%未満」転嫁できている企業が3割程度ある一方、「全く転嫁できていない」企業が10.1%残っており、人件費上昇分を丸ごと吸収しきれない企業が飲食業にも多数存在すると見られます。アルバイト賃上げの74.7%が「外部要因への受動的対応」であるという結果は、多くの飲食店が自社の利益改善より先に人件費上昇分だけを埋める対応に追われている実態を裏付けています。
さらに、すしのような職人技術に依存する業態では、人手不足が単なる人数不足ではなく「技術の奪い合い」として現れます。町の寿司店で倒産が再増加している背景には、職人確保難とインバウンド偏重の二重構造があり、地域密着型の店舗ほど経営基盤が揺らぎやすくなっています。
経営の打ち手
人件費上昇への対応は、単一の対策では吸収しきれません。複数のアプローチを組み合わせる発想が必要です。
- 値上げ・原価の見直しでメニュー価格に人件費増を反映させる。発効時期を最低賃金改定前に合わせて事前周知する方法や、看板商品だけ値上げし他は維持する部分的な改定も有効