事業承継とは
事業承継とは、経営者が店舗や事業の経営権・資産・顧客基盤を後継者や第三者に引き継ぐことです。親族内承継や従業員承継だけでなく、同業他社への譲渡、M&Aによる引き継ぎ、投資ファンドからの出資受け入れも含まれます。
飲食業界では経営者の高齢化と後継者不在を背景に、廃業ではなく承継によって店の灯を残す動きが広がっています。2026年10月時点で国の「事業承継・M&A補助金」(旧・事業承継・引継ぎ補助金)は事業承継促進枠・専門家活用枠・PMI推進枠・廃業・再チャレンジ枠の4枠で再編され、第16次公募要領も公表済みです。十五次公募については外部審査委員会による審査を経た採択結果が2026年10月4日時点で中小企業庁より公表されており、飲食店を含む中小・小規模事業者が継続的に採択を受けています。2025年の制度改定では、従業員を雇っていない「ひとり社長」でも申請できる枠が拡充され、買い手支援型(上限600万円)・専門家活用型(上限800万円)などが利用可能です。
飲食経営にどう関係するか
個人経営の老舗ほど、後継者不在の課題が表面化しやすい構造があります。錦糸町の老舗ろばた焼「海賊」が鮮魚居酒屋20店舗企業に承継された例や、松本の老舗焼肉店「青華山」が3代目への世代交代を機にリニューアルした例のように、看板や常連客を維持しながら経営基盤を強化する承継が各地で起きています。一方で承継の担い手が見つからず閉店に至る老舗も後を絶ちません。神戸・新開地の「大和家ベーカリー」(約80年)、徳島・大宮・鹿児島・倉敷・大分の老舗パン屋、横浜・菊名の老舗中華「おがさや」(店主の体調不良で閉店)、仙台市太白区の中華料理店(9月30日閉店、理由不明)、千葉県我孫子市の本格中華「福照飯店」(10月1日閉店、理由不明)など、後継者や引き継ぎ体制がないまま経営者一人に依存していると、加齢や体調という個人的事情がそのまま閉店の引き金になりやすい実態がうかがえます。駅から徒歩数分の好立地であっても、個人店は後継者不在や固定費負担で静かに姿を消すケースが珍しくありません。町中華の倒産は2026年1〜7月で22件(前年同期比69.2%増)と15年ぶりの最多ペースを記録する一方、1〜5月時点の別集計では減少するなど、物価高・後継者難とブームの追い風が同時に働く複雑な状況です。
承継は業態転換を伴うケースも増えています。北九州市小倉北区では両親が18年営業した中国料理店を子が受け継ぎ、中華そば専門店にリニューアルして再出発しました。福岡県久留米市の「焼肉ホルモンひろ屋」は2026年10月31日に閉店しますが、同じ跡地で新たな事業主による和牛焼肉店「焼肉御縁」が11月中旬の開業を目指して準備を進めており、居抜きでの事業承継・業態転換の典型例といえます。立地・屋号・常連客という資産を残しつつ新規開業のリスクを抑えるこうした手法は、閉店と同時に跡地で同業態の新店がすぐ立ち上がるほど立地・需要の評価が高い場合に特に有効です。
老舗企業が事業の中身自体を時代に合わせて変え続けることで承継を乗り越えてきた例もあります。滋賀県の食品メーカー、ティーケーシンは創業120年を超え、味噌・醤油づくりから産業給食、料亭向け総菜OEM、冷凍食品事業、海外ブランドの日本展開へと四代目の代で事業の軸を転換してきました。業態や商材そのものを変えながら屋号と取引基盤を引き継ぐ発想は、個人店の承継にも参考になります。
大手でも事業承継・M&Aは戦略の一部であり、創業者から次世代への承継と、業績不振企業の再建型承継の両方が同時進行しています。ゼンショーホールディングスでは2025年6月に45歳の小川洋平氏が社長兼CEOに就任し、2026年春の創業者・小川賢太郎会長の逝去を経て「30倍成長をあと2回」という創業者の構想を引き継ぎ、国内外食初の売上高1兆円超からさらなる世界一を目指す方針を示しています。創業家内での世代交代が、大手でも規模拡大戦略の継続性を支える例です。一方、「ステーキのどん」などを運営するマルシェでは、テンポスホールディングス傘下での再建局面において会長が交代し、あさくまの清水会長が就任、プロントやイートアンドのOBを集めた新体制が発足しました。これは親族や創業者からの承継ではなく、グループ内外から異業態の経験を持つ人材を送り込んで再建を図る「人材主導型」の経営承継といえ、個人店の事業承継とは異なる大手特有のパターンとして押さえておきたい動きです。
このほか、すかいらーくが買収した資さんうどんは関東・関西出店で高収益化し「高値掴み」批判を実績で払拭しました。F&LC(スシロー運営元)がテイクアウト「京樽」を37億円でSRSホールディングスへ譲渡し海外事業に集中する例、スガキヤの創業家3代目社長就任と傘下事業MBOなど、選択と集中・出口戦略としてのM&Aも目立ちます。非上場の飲食・食関連企業がファンド傘下に入る動きも増えており、大阪の「ハッシン」では創業社長の退任後にファンド出資が報じられています。パンケーキ専門店「富士山パンケーキ」も、個人投資家が支えてきたブランドがエー・ピーに譲渡されるなど、単品特化型ブランドが大手傘下で経営基盤を強化する動きが見られます。地方金融機関の関与も進み、栃木銀行は那須地域の飲食企業(まず3店舗)へ直接出資する方針を示しました。経済産業省も2026年7月に企業買収の行動指針補足文書を公表し、価格以外の価値も考慮できると明記しており、上場企業向けながらM&A環境整備の流れとして押さえておきたいところです。
経営の打ち手
事業承継を検討する際は、まず自店がどの形(親族承継・従業員承継・第三者譲渡・外部資本受け入れ)に近いかを整理することが出発点です。事業承継・M&A補助金の4枠のどれに該当するかを早めに確認し、IT導入補助金(採択率9割前後)や事業承継・引継ぎ補助金(同6割超、2026年8月末公表時点)など、条件を満たせば活用しやすい制度も併せて検討します。小規模事業者持続化補助金など他の主要補助金と合わせ、設備投資・販促・IT化・承継のどの課題に近いかを整理してから制度を確認する進め方も有効です。いずれも事前の計画策定や申請後の承認取得が必要なため、税理士など専門家への早めの相談が失敗を防ぎます。
承継先を探す段階では、M&A仲介の活用、従業員承継(EBO)、同業チェーンへの譲渡、投資ファンドへの出資受け入れが選択肢になります。34歳の経営者がやきとんチェーンを買収した例のように若手が承継先を取得する動きもあれば、栃木銀行のように地方金融機関が直接出資する例も出ています。久留米の焼肉店のように、閉店が決まった時点でSNSで常連客に感謝を伝えながら居抜きでの承継先を探す方法も現実的な選択肢です。大手グループのように傘下企業の再建に経験豊富な人材を外部・グループ内から送り込む手法は、個人店でも「外部の経営経験者に任せる」選択肢として応用の余地があります。日本政策金融公庫も創業から事業承継まで幅広い資金相談窓口を用意しています。







