いま何が起きているか
2026年7月時点で、ベーカリー業態は大きく二つの潮流が並走しています。一つは大手・話題ブランドによる新業態展開と再開発エリアへの集中出店、もう一つは地方の個人店の開業・閉店という対照的な動きです。
大手では、サンマルクHDが新業態「BAKERY CAFE C」を東京ソラマチに東京初出店したほか、フランス発「PAUL」が名古屋の新複合施設に、フィンランド発「エクベリ」が伊勢丹新宿店に日本初上陸するなど、商業施設やホテル併設型の複合開発への出店が目立ちます。ゴディバのベーカリー業態「ゴディパン」も松坂屋名古屋店に東海初・世界2号店を出店し、名古屋のモーニング文化にちなんだあんバタートースト風パンなど地域限定商品を投入するなど、東京発ブランドが百貨店立地を軸に地方へローカライズ展開する動きが広がっています。
再開発エリアへの出店も相次いでいます。名古屋鉄道は2026年8月26日、豊田線・三河線「豊田市駅」高架下の商業施設「μPLAT豊田市」を全面開業し、居酒屋・うどん・カフェなどとともにベーカリー「エピシェール」が入居します。福岡・博多駅前でも、Park-PFI制度で整備される都市公園「明治公園」が同年8月7日に開園し、地元の人気ベーカリー「pain stock」の職人がプロデュースする「Land Bageri」が出店します。昼はベーカリー、夜はパンビストロとして営業する二毛作型の運営が特徴で、駅前・公園という公共性の高い立地に個人ブランドが企業とのプロデュース契約で進出する事例として注目されます。福岡・博多駅前では以前から「I'm donut?」と「dacō」が同時出店するなど、駅前が一極集中型の商業スポットとして再編される動きも続いています。
一方、地方では対照的な現象が同時進行しています。大分・宇佐市の地域密着ベーカリーが2026年8月に閉店を予定する一方、静岡県三島市の観光施設「伊豆・村の駅」は開業20周年を機に、地元ブランド野菜を主役にしたベーカリー・和菓子店を新設するなど、地域食材を軸にした施設の再投資も進んでいます。石川県津幡町の人口約200人の過疎地域では初のパン専門店が開店2時間で400個完売しており、専門店の空白地帯にはまだ強い需要が眠っていることも示されています。
惣菜パンの分野では、これまで「不健康」なイメージで敬遠されがちだったカレーパンが再評価されています。焼肉店が自社の牛カルビの甘辛い味わいを生かしたカレーパンをレジ横で販売するなど、パン専門店以外の異業種からの参入も進んでいます。北海道発「ペンギンベーカリー」は「カレーパングランプリ®2026」で4商品そろって金賞を受賞し、7年連続の受賞という実績を積み重ねており、単発の話題性ではなく品質の継続的な作り込みが評価される市場になっていることを示しています。競合が少なく伸びしろのあるジャンルとして、本業以外の商品で客単価や来店動機を増やす動きが業態を問わず広がっている点は、商品開発の観点でも注目すべき変化です。
コスト面では、広島のタカキベーカリーが2026年9月納品分からパン・洋菓子の卸売価格を平均6.4%値上げすると発表しており、小麦粉・包装資材の高騰への対応が続いています。値上げ・原価の動きはベーカリー業態全体に共通する課題です。
構造・原理
ベーカリーは単価が比較的低く、原材料(小麦粉・バター・油脂)と包装資材のコスト変動を強く受けやすい業態です。そのため、値上げの判断が経営を左右しやすく、大手チェーンでも卸価格の見直しが相次いでいます。
新業態展開の面では、既存ブランドの技術・レシピを転用して「ベーカリー×カフェ」「単品特化+期間限定コラボ」という複合型に発展させる動きが目立ちます。サンマルクHDの「BAKERY CAFE C」や、ゴディバの菓子技術を組み合わせた「ゴディパン」は、既存ブランドの強みを転用したリスクを抑えた新業態展開の典型例です。ローカライズ発想は東京発ブランドの地方進出戦略として定着しつつあります。
出店の受け皿としては、駅の高架下再開発と公共空間のPark-PFI制度という二つの新しい枠組みが広がっています。名鉄豊田市駅のように鉄道会社が複数業態をまとめて誘致するケースと、博多の明治公園のように行政と民間が連携して都市公園に飲食テナントを誘致するケースは、いずれも来街需要をまとめて創出する仕組みである点が共通します。特に明治公園の事例は、地元で評価の高い個人ブランドが企業のプロデュースを受けて公共空間に進出するという、個人店にとっての新しい成長ルートを示しています。昼夜で業態を切り替える二毛作型の運営は、家賃・人件費の固定費を複数の収益機会で分散させる構造として理解できます。
カレーパンをめぐる動きは、この構造をさらに拡張したものと捉えられます。パン専門店の枠を超え、焼肉店のような全く異なる業態が自社の看板食材を惣菜パンという別ジャンルに転用することで、本業の客単価アップと新規の来店動機を同時に狙う設計です。一方でペンギンベーカリーの7年連続受賞のように、専門コンテストで一貫して結果を出し続けることが、話題性に頼らない信頼獲得の手段としても機能しています。
地方の個人店については、後継者不足や原材料費高騰という構造的な逆風がある一方、専門店が存在しない商圏では「地域初」という希少性だけで強い集客力を発揮できる余地が残っています。これは出店・閉店の判断が、都市部と地方で全く異なるロジックで動いていることを示しています。
経営の打ち手
再開発エリアへの出店機会が増えている点は、駅前立地の事業者にとって見逃せない変化です。鉄道会社や自治体・不動産事業者との接点を日頃から持ち、テナント募集情報にアンテナを張っておく道があります。博多の明治公園のように、地元での実績や技術力が評価されて企業プロデュース案件に選ばれるケースもあるため、コンテスト受賞歴やメディア掲載などで自店の技術を対外的に可視化しておくことも一つの備えになります。逆に、チェーン集積エリアの近隣で営む個人店は、落ち着いた滞在体験など棲み分けの軸を明確にする道も考えられます。
昼夜で業態を切り替える二毛作型の運営は、固定費負担を分散する手法として自店でも応用を検討する余地があります。ベーカリーとしての営業時間外にビストロ・バーとして別収益源を持つ発想は、小規模店舗でも段階的に試せます。