いま何が起きているか
2026年9月時点で、ベーカリーは大手・チェーンによる客単価向上競争、グループ内再編・M&A、個店の立地・業態転換の難しさ、そして商品の販路多様化・小型化が同時進行しています。
タリーズコーヒージャパンは全国唯一のインストアベーカリー業態「PRIME FIVE」を新宿サザンテラス店に開業しました。スターバックスは同様の業態を既に4店舗展開しており、カフェ2強がベーカリー併設で客単価向上を競っています。スターバックス運営のイタリアンベーカリー「プリンチ」代官山T-SITE店では、老舗ジェラート専門店とコラボした限定メニューを投入するなど、記念日・コラボ食材を軸にした季節限定企画が続いています。同時期には資生堂パーラーが「美濃栗」を使ったパフェを、木村屋が「栗あんドーナツ」を発売するなど、老舗パーラーからベーカリーチェーンまで幅広い業態が同じ食材テーマで新商品を投入する動きも見られます。
コンビニ各社も店内焼きベーカリーの季節商品競争を強めています。セブン‐イレブンは「さつまいもみたいなクッキー」を、ファミリーマートは累計2,900万食を突破した「超も~っちりパン」シリーズの新作としてキーマカレー味を投入するなど、シリーズ化と見た目の演出で来店動機を作る手法が定着しつつあります。
サンマルクホールディングスは食べ放題スタイルの新業態をあべのハルカスへ大阪初出店し、神戸三宮「さんちか」にも新業態を出店しました。焼肉業態でも、すたみな太郎の弘前店が「PREMIUM BUFFET」に全面改装し、木目調の内装刷新に加え同店限定のベーカリーコーナーを新設しています。異業態が客単価・満足度向上の手段としてベーカリー要素を取り込む動きは、ベーカリー単体の商品力が他業態からも価値を認められている裏返しといえます。
出店規模の両極化も目立ちます。イートアングループのアールベイカーは、東京・品川イノベーションパーク1階にわずか6坪の超小型店「R Baker」を開業し、冷凍生地技術と焼成後冷凍技術を組み合わせることで狭い店舗でも品揃えを維持する体制を検証しています。福岡発の「AMAM DACOTAN」と生ドーナツ専門店「I'm donut?」を展開する株式会社peace putは、両ブランドの人気商品を集約したテイクアウト専門スタンド「dacō?清流公園」を福岡市中洲にオープン。既存の人気ブランド資産を編集し直し、コンパクトなテイクアウト業態として再展開する手法は、複数ブランドを持つ企業にとって出店コストを抑えつつファンを取り込む一例です。同様の流れは個店にも及んでおり、東京都内では売り場面積約1〜3坪の「マイクロベーカリー」が続々と開業しています。世田谷区経堂の「onka」、北池袋の「backer fujiawara」など、商品数を絞り込み店主と客の距離が近い接客が人気の要因になっています。一方、株式会社うかいはイオン八王子滝山に体験型複合施設「アトリエうかい Cafe&Factory HACHIOJI」をグランドオープンし、来店自体を目的化させる設計を打ち出しました。
販路の多様化では、石川県小松市の3坪ベーカリー「パンの朝顔」の看板商品がふるさと納税の返礼品に登録され、小規模店が自力では届かない全国発送の販路を得た事例が出ています。
一方で、投資後すぐの撤退という難しい判断も表面化しています。千葉県柏市の「スワンベーカリー柏店」は今年3月に内装・機材を一新するリニューアルを行った直後、営業再開のないまま事業撤退が決まりました。北海道発「ペンギンベーカリー」の静岡1号店・沼津店も約4年で閉店しており、跡地には別の新店が10月に入る予定でエリア自体のパン需要は消えていないとみられます。リニューアルやチェーンの知名度があっても撤退リスクは消えないことを示す事例です。
コスト面では、パン袋等に使う樹脂フィルムが過去最高値を更新するなど、値上げ・原価の課題は業態全体に共通しています。
構造・原理
ベーカリーは単価が低く、原材料・資材コスト変動の影響を強く受けやすい業態です。新業態展開では「カフェ・レストラン併設」「食べ放題」「駅改札内・駅直結複合施設への業態アレンジ」「超小型・省スペース型モデル」「既存ブランドの再編集による小型テイクアウト業態」「製造工程を見せる体験型複合施設」「地域生産者との共同開発」「ふるさと納税を含む店舗外への販路拡大」「グループ内効率化型M&A」「地縁を起点とした個人開業」という複数の型が並走しています。
注目すべきは、6坪クラスの超小型店でも「省スペース化の手段」がチェーンと個人店で異なる点です。チェーンは冷凍生地・焼成後冷凍技術といった設備・技術で品揃えを維持する一方、個人店は商品数を絞り接客に特化することで小坪数を成立させています。自店がどちらの資源を持つかで、真似すべきモデルは変わります。
共通するのは「単品商売・店舗販売からの脱却」という発想です。ドリンクや単品パンの単価を上げるより、複数カテゴリを組み合わせて客単価全体を積み上げる方が、既存の来店客数を維持したまま収益を伸ばしやすいためです。体験型複合施設への投資も、製造工程の可視化という「体験」を付加価値として売ることで、味や価格だけでの差別化が難しくなった業界構造に対応する動きと読めます。
他方、リニューアル直後の撤退や1号店の早期閉店は、内装投資や知名度さえ整えれば集客が改善するとは限らないことを示しています。問題は立地の需要不足ではなく、個々の店舗の商品構成・価格帯・運営体制との相性にある可能性が高く、設備投資だけでは回収できないリスクを常に抱えている点に注意が必要です。
経営の打ち手
出店機会は駅直結・改札内施設、空港、百貨店改装、オフィス街の小型店舗、地域密着立地まで多様化しています。県外発の人気チェーンや駅直結型複合施設が自店の商圏に出店する場合、周辺来街者増加のチャンスとして連携・差別化を図る視点も有効です。
看板商品のてこ入れでは、地元生産者との共同開発、季節限定商品での新規性訴求、記念日・コラボ食材を絡めた話題づくりなど、規模に応じた選択肢があります。コンビニのシリーズ商品のように、看板商品に定番アレンジを重ねて話題を維持する発想は、規模を問わず取り入れやすい打ち手です。断面や見た目の再現性を意識し、SNSで拡散されやすい商品に仕上げる工夫も坪数や資本に関係なく実行可能です。