いま何が起きているか
2026年9月時点で、ホテルの飲食戦略は宿泊収益と一体で語られる段階に入っています。目立つ動きは大きく以下です。
- 訪日客向け高単価インバウンド特化業態の拡大
- 館内複数レストランが連携した季節企画の同時展開
- レギュラーメニューの定期刷新と季節限定商品を組み合わせた世界観訴求
- 海外の著名シェフや職人とのコラボレーションによる話題性・単価アップ戦略
- 体験型ビュッフェ企画の期間延長・新メニュー追加による集客の持続化
- ハロウィンなど季節イベントに合わせたアフタヌーンティー企画の定番化
- 地域の発酵食文化や地産地消食材を軸にした官民連携型・単独フェアへの参加
- 個室拡充やテーブルサイドパフォーマンスなど非日常性の演出強化
- プラントベースなど多様な食の嗜好への対応を通常商品として組み込む動き
- 業務用冷凍食品や焼成冷凍パン、AI電話予約による人手不足対応
- 外部企業との協業やオープンイノベーション枠組みを使った新商品の実証実験
- 会員プログラムや家族向け特典を通じた「日常利用」の掘り起こし
- キャラクターIPコラボや没入型企画による話題性重視の限定演出
- 飲食で得たキャッシュを介護・観光など非飲食事業へ振り向ける大手の多角化
ブルガリ ホテル東京は9月5日から、ローマの人気店「Seu Pizza Illuminati」を手掛けるピッツァ職人ピエール・ダニエーレ・セウとのコラボメニューをバーで提供開始しました。海外の著名職人の名前そのものを集客資源として活用する手法です。ホテル&レジデンス六本木のBar & Restaurant COCONOMAは10月1日から31日まで「ハロウィンに染まる秋果実のアフタヌーンティー」を提供し、巨峰やシャインマスカットを使ったハロウィンモチーフのスイーツでビジュアル訴求を強化しています。
神戸ポートタワーホテルのレストラン「The HARBOR Buffet Dining」では、肉や海鮮を手づかみで楽しむ期間限定ビュッフェ「夏の豪快BUFFET」が好評につき期間延長となり、9月には新メニューも追加投入されています。単発イベントで終わらせず、延長とメニュー追加を組み合わせて話題性を持続させる典型例です。
小田急ホテルセンチュリーサザンタワーも秋季限定メニューを一斉展開しました。「サザンタワーダイニング」では東京産野菜を主役にした「ベジタブルコース」を刷新し、秋限定の「もころんパフェ」を投入。「ラウンジ サウスコート」ではホテル初開催の「シャインマスカットフェア」を実施し、アフタヌーンティーやスイーツ、秋色のセイボリーを提供しています。
愛知県では『発酵食文化』振興協議会が「うまみ県あいちフェア」を実施し、県内21店舗のレストランやホテルが味噌・しょうゆ・酢・日本酒・みりん・漬物を使った期間限定メニューを提供しています。地域の伝統調味料を軸に複数業態が横断参加する官民連携型の企画であり、地域資源を活用した集客・ブランディングの一例です。
京王プラザホテルは9月1日からプラントベースケーキ2種を発売し、ヴィーガン対応を「特別対応」ではなく通常商品として位置づけました。同ホテルは孝芳堂と協業した国産ジンジャーシロップの新メニューも実証実験として提供開始しており、京王電鉄のオープンイノベーションプログラム「JISOU」採択案件として、地域素材の物語性を訴求する新商品開発を進めています。宮古島来間リゾートや長崎マリオットホテルは館内複数レストランで洋食・和食・アフタヌーンティー・鉄板焼と客層を分けた秋の同時企画を展開しています。
新宿プリンスホテルは人気アニメとのコラボで客室全体を没入型演出にし、沖縄・ラグナガーデンホテル1階の焼肉店「輪」も9月から和牛サーロインや上みすじを使った「和牛ひつまぶし御膳」を投入し、既存の網焼きスタイルを維持したまま高単価食材で季節感を訴求する典型例となっています。
大手外食グループの業績も参考になります。ロイヤルHDは上期で売上高・経常利益ともに過去最高を更新し、ヨシックスHDは飲食で得たキャッシュを介護・観光事業へ振り向ける方針を示しました。人材面では、宿泊・飲食業は他産業と比べて新卒中心ではなく転職者による入職比率が高いという業界構造も明らかになっています。
構造・原理
ホテルダイニングの根底には、記念日や接待といった高単価・低頻度の「非日常利用」に依存しやすいという構造課題があります。多くのホテルは今、この非日常利用から「日常利用」への橋渡しを模索しており、会員向けポイント倍増施策やファミリー特典はその代表例です。
期間限定メニューは、準備コストを抑えつつ話題性と単価アップを同時に狙える手法として多用されています。8月中旬から9月にかけて全国のホテル・リゾート施設が一斉に秋メニューを発表するのは偶然の重複ではなく、夏の繁忙期が一段落し行楽シーズン本格化前の閑散期を埋める業界共通の販促パターンです。神戸ポートタワーホテルのように好評企画を延長し新メニューを追加投入する手法は、初期投資済みの企画を使い回しながら鮮度を保つ低コストな延命策として合理的です。ハロウィンアフタヌーンティーのようにイベント特有のモチーフをスイーツに落とし込む手法は、SNS拡散を狙った視覚的訴求と季節限定の希少性を同時に満たす典型例です。共通するのは季節食材そのものではなく「物語性」と「継続性」を掛け合わせて客単価と再来店動機を上げている点です。
地域の発酵食文化フェアや地産地消食材を軸にした企画も、単独の限定メニューでは得にくい広報効果を獲得する手法です。愛知の官民連携型フェアのように行政や協議会が旗振り役となる場合もあれば、小田急ホテルの東京産野菜コースのように単独ホテルが地元産食材を前面に出す場合もあります。
海外の著名シェフや職人とのコラボレーションも、この「物語性」による差別化の延長線上にある手法です。ブルガリ ホテル東京のように名前そのものがブランド価値を持つ職人を招くことで、単なる期間限定メニュー以上の話題性を獲得できます。ただしこれは高級ホテルならではの資本力に依存する側面が強く、一般店がそのまま模倣するのは難しい手法でもあります。
多様な食の嗜好への対応も構造的な必然になりつつあります。京王プラザホテルのプラントベーススイーツは、ヴィーガン対応を「特別メニュー」ではなく通常商品の一部として位置づけている点が重要です。訪日客の増加やアレルギー・宗教的配慮の必要性が高まるなか、対応の有無が集客の分かれ目になりつつあります。
新商品開発の手法としては、業務用冷凍のスープ類や焼成冷凍パンのような省力型の商品開発に加え、地域の中小事業者や異業種との協業で地域素材の物語性を活かす方向も広がっています。仕込みに手間のかかるメニューほど常温保存・即戦力型の業務用食材への切り替えニーズが高く、人手不足下では調理工程の簡略化と品質維持の両立が商品選定の基準になっています。
人材構造の面では、宿泊・飲食業が新卒中心の情報通信業などと異なり転職者の受け皿になっているという特性があります。これはホテル飲食の人手不足対応が、新卒一括採用の強化よりも異業種経験者やシニア・副業人材の取り込みに向かいやすいことを示す構造要因です。
ホテル併設の飲食施設は運営会社の経営判断ひとつで存続が左右されやすい点も特徴です。出店・閉店・M&Aの動きが近隣店の商圏構造を変える可能性もあります。
経営の打ち手
- 訪日客の購買力を取り込むため、既存メニューの一部を高単価な「体験型」商品として切り出す
- 個室新設やテーブルサイドでの取り分け・実演といった演出強化で記念日・接待需要の単価アップを狙う